経営者や文化人をはじめ、一流の人に筋トレ愛好家が多いのはなぜか。落語家・立川談慶さんは「筋トレとは現状否定。自分と向き合い日々工夫を重ねることで、思わぬ閃きが得られることがある」という――。
落語家・立川談慶氏(写真右)。ロサンゼルスのマッスルビーチにて

■筋トレをしないと「安直な現状肯定」に陥る

私、最近気づいたんです。

昨今の日本を取り巻く不祥事の背景には、「筋トレ不足」があるのではないかと。

何をまた大げさな、筋トレおたくの落語家がわけのわからんことを言い出したとお思いでしょうか。

はいはい、確かに極論かもしれません。でも決して暴論でもないことをこれからお話しして参ります。

「障害者雇用の水増し問題」、「勤労統計のでたらめデータ問題」、ひいては昨年の「日大アメフト部危険タックル問題」……世間を騒がせたさまざまな出来事には共通点があります。それは「今までは大丈夫だったから、これからも大丈夫だろう」という、「安直な現状肯定」です。

では、わが師匠の立川談志はどうだったか。

立川流は、旧態依然とした年数だけを基準にした真打昇進に異を唱える形で、1983年に創設されました。

談志は「常にこのままでいいのか」という気概で落語と格闘し続けていました。29歳で著した『現代落語論』という本の末尾では「落語が能と同じ運命をたどりつつある」という警鐘を鳴らしました。そのおよそ20年後に自らの主張を実践するかのように家元となり立川流を作ります。さらに2年後「現代落語論パート2」の中で、「落語とは人間の業の肯定だ」と述べました。現役の落語家による落語の定義は落語史上初の快挙でした。

■「現状否定」からスタートせよ

しかし、そんな大事業をやってのけたにもかかわらず、それに固執することなく変化を重ねていきました。「落語はイリュージョンだ」と基軸を変えるような発言をしたかと思うと、晩年には「落語は江戸の風だ」とまで言い切ってこの世を去った。「現状否定」を自らの落語家人生にプログラミングさせたような生き様は筋トレと通じます。

筋トレにしても、「痩せたい」「もっと筋肉をつけたい」と自らの体形をマイナスと捉える、つまり「現状否定」からスタートします。これがゴルフをはじめとした「周囲の人と楽しむ」ことを目的とする、ほかのスポーツと明確に違うところです(ゴルフを引き合いに出しているのは、あくまでもわかりやすい対比という意味からです)。筋トレはマイナスを起点にしているので、日々のトレーニングでは「昨日より追い込んでいるか」と、常にプラスに傾いているかを問い続けることになります。

なぜ身体を追い込むというと、筋肉量が増える(筋肥大)からです。

筋トレはハードワークによってまず「筋破壊」という現象を起こします。筋肉を構成するたんぱく質のヒモがちぎれるイメージといえばわかりやすいでしょうか。その先に「筋肉痛」をむかえます。さらに、たんぱく質を中心とした栄養と休養によって、切られたたんぱく質のヒモ同士をトレーニング前より太い結びつきにするプロセスを「超回復」といいます。筋肥大のメカニズムはざっくりこんなところです。

■談志は言った――「新聞で正しいのは日付だけだ」

わかりますね。現状否定を繰り返してさらなる刺激を求め続けていくのが、談志であり、筋トレなのです。

談志の根底には、「これで大丈夫だと思ったら、もうおしまいだ」という危機感がありました。


英ボディビルダーのドリアン・イエーツ考案の「ハイパーエクステンション」を30kgバーベルで実践する談慶氏。背筋に効く

冒頭に挙げた世間の事象にしても、ただ受け継ぐだけで思考停止になったら、停滞するのはあたりまえです。談志はこのような硬直したスタイルを「思考ストップ」と表現し、唾棄(だき)していました。

では、どうすれば「現状否定」を続けられるのでしょう。それは「常に疑問を持つこと」ではないかと私は解釈しています。

談志はかつて「新聞で正しいのは日付だけだ」と定義しました(あ、新聞関係の方がいらっしゃいましたら、お詫びします)。

これは、流れてくる情報を鵜呑みにするなよと伝える、談志なりのメディアリテラシーだったのではないかと噛みしめています。考えてみてれば世の中、フェイクニュースも含めておかしいことだらけです。「景気はいざなみ超え」と発表されましたが、本当にそうなのでしょうか。先だって「暴力団の組員が郵便局でアルバイトをしていた」という報道がありましたが、景気が良かったらおかしい事象ですよね。「切った張った」の人たちが、「切手貼って」の仕事をするんですから(あ、ここ笑うところです)。

■「ひねり」を加えて思考を深める

筋トレにしても同じです。「もっと筋肉に効かせられるやり方はないのか」と情報を鵜呑みにせず、現状否定をし続けるのです(ケガを防ぐために、最初の数カ月間はトレーナーにサポートしてもらいながら正しいフォームの習得に明け暮れていましたよ)。

「ショルダープレス」という肩を鍛えるトレーニングがあります。

これは左右にダンベルを持ち、そのまま頭上に挙げて左右の両手を伸ばす肩を鍛える単純なトレーニングですが、最近では「ひねり」を加えてみるようにしました。これが効果抜群で、今までにない筋肉痛が残るようになりました。自重トレーニングでおなじみの「腕立て伏せ」にしても、手の幅を変えただけで効かせられる筋肉の部位が微妙に変わってきます。

もっといえば、私にとって「ひねり」は思考を深化させる「ドリル」なんです。

私、現在で10冊の本を出しています。最初の2、3冊は勢いだけで対応できていましたが、数を重ねていくと行き詰まることが多くなりました。次の展開が思いつきにくい状況が続く時には、パソコンを置きっぱなしにして、トレーニングウエアに着替えてジムに出向きます。そして「硬直化した思考の岩盤」にドリルが入っていくイメージを思い浮かべながら「ひねり」を入れたトレーニングをするのです。すると深い場所までたどりつくような感覚を得ます。

■筋トレから人生をアップデートする

無論、単なるイメージに過ぎませんが、こんな感覚を繰り返し身体中に浸し続けていくと、物事の見方に変化が起こり、ふだんは気がつかない「キーワード」が頭に浮かぶことがあるのです。

数カ月前も、身体を追い込んでいく最中、

「そうだ、この世の中で一番大切なのは『気づかい』じゃないか!?」

脳の深奥部に横たわっていた万物に通底するのは「気づかい」ではないかという妄想にも近い思いでしたが、そこから一気呵成ともいうべき熱量で書き上げたのが、「『また会いたい』と思わせる気づかい」という本でした(本の宣伝かい!?)。

身体と頭脳はみっちりつながっていることを痛感しています。


『老後は非マジメのすすめ』(立川談慶著・春陽堂書店刊)

おかげさまで私も「いつもこのままでいいのか? もっと刺激はあるはずだ」という思考法を談志から学び、筋トレで実践し、落語のほうにフィードバックさせていただいています。この姿勢は物書きとしても役立っているように思います。

私はともかく、「デキる人は筋トレにハマる」というのは、やはり世の真理ではないかと年を重ねるたびに確信を深めています。

「現状肯定」からは何も生まれません。肉体にきちんと負荷をかけられる人は、思考にも同じように負荷をかけられる。思考にきちんと負荷をかけられば、筋肥大のように「昨日よりも大きくなった枠」の中でさらに深い思考を繰り広げていけるはずです。

人生をアップデートするには筋トレから。BGMは談志の落語で。生まれ変わりたいあなたにぜひおすすめします。

(落語家 立川 談慶)



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